示談交渉
調査の結果,医師・医療機関の責任追及が可能だと思える事案については,全てのケースについて例外なしに示談交渉をしています。十分に責任追及が可能であるなら,直ぐに訴訟提起すべきで,わざわざ示談交渉をする必要はないのではないかというご意見もない訳ではありません。しかし,訴訟には多くの時間と費用がかかります。また訴訟を抱えているということは先の見えにくい大きな不安を抱えることでもあります。相手方の医師・医療機関についても思いは同じだと思います。早期に満足が行く解決が得られるという点では示談に勝るものはないと思います。とはいえ,示談になじむケースと示談になじみにくいケースがあるのも事実です。
まず,賠償責任額が高額になるケースは示談にはなじみにくいと思います。例えば,患者が脳性麻痺になったり,植物状態に陥っている悲惨な事件がこれに当たります。このようなケースでは賠償請求額が1億円を超える高額になることが殆どで,最終的に賠償金を支払うこととなる保険会社も簡単には示談を受け入れません。とは言え,刑事事件になるような単純かつ重大なミスが存在した事例,例えば酸素と炭酸ガスを誤って投与した事例などは別だと思います。このようなケースでは医師・医療機関側も,刑事事件を有利に展開させるために高額であっても早期の示談に応ずるケースが少なくないからです。
また,医療ミスがあったのかどうかが微妙な事件も,示談にはなじみにくいと思います。示談手続においては,ミスがあったかどうかを確定する手続自体が存在しないからです。ただ,そんなケースの中でも,ミスがあったとしても賠償額自体が少額になる事件は示談になじまないことはありません。例えばミスがあったとしても賠償請求額が100万円未満の少額になる場合は,示談によって解決する可能性は少なくないと思います。なぜ100万円が基準になるかというと,医師・医療機関が利用する医師賠償責任保険では,100万円を免責額として医師・医療機関に負担を求めるものが少なくなく,その範囲内であれば,医師・医療機関としては,示談をしても争っても自らの負担額は変わらないからです。
この他,医師・医療機関の対応が迅速になされないケースも示談にはなじみにくいと思います。せっかく,内容証明で患者側が示談折衝を提案しても,半年近く待っても,まともな回答が返って来なければ,示談交渉以外の解決方法を選択せざるを得ないからです。
医師・医療機関側の対応が迅速ではなかった場合以外では,仮に示談交渉がうまく決着しなかったとしても,示談交渉をしたことによるメリットがない訳ではありません。ミスがあったかどうかという点について,医師・医療機関側の反論を聞いて,患者側の主張に間違いがあることが明らかになることもあります。この場合は,責任追及のためには更に調査が必要になります。またそうではなく双方の主張が平行線でも,少なくとも双方の主張の相違点が明らかになれば,その後に控える訴訟などをより迅速に展開することが可能になります。
次回は,示談交渉でうまく決着できなかった場合の訴訟提起以外の選択肢についてお話しします。